こよみのアトリエ

詩とか日記とか何かの感想とか。自分のことかいいことしか言いません。

『黄色い線の外側』

PM8:00、駅のホーム。

帰宅ラッシュはとうに過ぎて、

電車を待つ人はまばらで、

入り込む雨が冷たくて、

踏切の音が遠くに聞こえた。

 

そして。

線路を挟んだ向かいのホームに、

昔の誰かの幽霊を見た。

 

覚えている。

声も、住んでいる場所も。

誕生日だって覚えてる。

忘れてない。忘れていない。

それなのに、

 

あの子の名前は、何だったっけ。

 

あの時感じた不安と痛みは、

随分薄っぺらくなってしまった。

きっと僕は、そうしないと生きられなくて、

だからきっとこれからも、

同じように誰かの名前を忘れていくのだ。

 

幽霊は、静かに佇んでいた。

あの頃と何も変わらない姿で。

何も変わらない三つ編みで。

静かに、静かに佇んでいた。

 

「頭では忘れても、心と体が覚えてる」

「その経験がいつの日か、貴方の背中を押してくれる」

誰もが一度は耳にする話。

それは、とても素敵な話。

忘れることは悪くないと、

優しい救いに満ちていて。

 

その勘定に、彼女はいない。

 

心配する方が馬鹿らしいのか。

引き摺る方が恥ずかしいのか。

誰かが幸せにしてくれたなんて、

僕には、とても思えないんだ。

 

罪を棄てながら生きている。

その無責任な言葉と同情を、

投げ捨てながら生きている。

忘れながら、生きている。

 

結局、名前は何だったっけ。

 

幽霊は、静かに佇んでいた。

あの頃と何も変わらない姿で。

黄色い線の向こう側。

静かに、約束を待っていた。

 

そして電車が、彼女の姿をかき消したのだ。

 

 

 

以下、作品解説等。

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『Andante』

始まりは。

そう、始まりは確か夢の中だった。

セーラー服に二つ結びの髪。

それは高校生の私だった。

 

昔の私が問いかけた。

「私が死んでも、私の事、覚えててくれる?」

私は言った。保証はできないと。ずっと昔を考えられる程、私は器用じゃないから。

彼女は続ける。「じゃあ、いつもは忘れてていいから、たまに私の事思い出してくれる?」

それも断言できない。思い出すことすらも、いつか忘れてしまいそうだから。

 

「じゃあ」

「私が幽霊になって出てきても、笑ってお話してほしいな」

 

……まあ、それくらいなら。

そう言って、私は約束した。

 

そしたらわたしはくしゃくしゃになって笑って、塵になって、消えていった。

 

それから。

それから、幽霊になった彼女は、私の前に何度も現れた。

 

 

例えばそれは、1年の春。

入学式が終わってへとへとになった私の前に。

だから私たちはお話した。

新しい生活のこと。

とても広い講堂のこと。

よく分からない時間割のこと。

とても綺麗な、桜並木のこと。

約束通り、笑って、私たちはお話した。

別に守る義理はないけれど、

破る理由もなかったから。

彼女はしばらくけらけら笑って、

満足気な顔でどこかへ消えた。

 

 

例えばそれは、2年の夏。

授業に部活にバイトに打ちのめされた私の前に。

だから私たちはお話した。

難しい授業のこと。

慣れない役者のこと。

覚えきれない仕事のこと。

自信が持てない自分のこと。

約束通り、笑って、私たちはお話した。

どうしようもなく苦しいけれど、

約束したことだから。

彼女は珍しく真面目な顔で、

でも、最後は私に微笑んで、どこかへ消えた。

 

 

例えばそれは、3年の秋。

卒業したら上京すると決めた私の前に。

だから私たちはお話した。

憧れの世界のこと。

この街の息苦しさのこと。

背中を押してくれた人のこと。

本当は、ちょっと怖いこと。

約束通り、笑って、私たちはお話した。

笑っていないと、思いが溢れて

泣きそうになっちゃうから。

彼女はいつも通りの笑顔で、

最後に私の背中を叩いて消えていった。

 

 

それは、4年の冬。

上京の準備をする私の前に。

だから私たちはお話した。

新しい生活のこと。

未だに別れが怖いということ。

それでも前に進まなきゃいけないこと。

ずっと傍にいてくれたあなたに、心から感謝していること。

約束通り、笑って、私たちはお話した。

それが私たちの始まりで、

私たちの全てだったから。

彼女は涙でぐしゃぐしゃになって、

でも最後はいつもみたいに笑って、

ぐしゃぐしゃな笑顔のまま、

私の背中を押して、いなくなった。

 

 

今私は、未来の私の前にいる。

東京で新たな人生を歩む私。

いままで知らなかった、新しい世界を知ることになる私。

 

だから私は約束をした。

きっとそれは、私たちが繋げてきた約束。

 

「ねえ」

「私が死んで幽霊になっても、笑ってお話してくれる?」

 

 

 

以下、作品解説等。

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『人魚は外界の夢を見る』

17の制服は、強化ガラスの水槽だ。

 

食卓で。教室で。部室で。塾の前で。

私は並べられる。私は評価される。

通学路で。駅前で。コンビニで。ショッピングモールで。

私は展示される。私は値踏みされる。

 

大切に育てた蕾たちは、

貴方達に踏み荒らされました。

「まだそんなことやってるの?」

「そんなことして何になるの?」

「もっとやるべきことがあるでしょ?」

「夢を見るのもいい加減にしなよ」

分かったような口を利くのですね。

目も合わせてはくれないくせに。

 

綺麗に保ってきた姿見は、

貴方達が砕き割りました。

「本当にセンスないよね」

「もう少し意識したほうが良いよ」

「もっとあの子を見習いなよ」

「そういうのほんと可愛くないよ」

まるで私はお人形ですね。

量産型と勘違いしていて?

 

「貴女のためを思って」って、

貴方達はいつも言うけど、

思っているのは私じゃなくて、

貴方の理想の方でしょう?

 

凝り固まった価値観で、私に値札を付けないで。

私は、昔の貴方じゃないの。

汚れきった願望で、私の両目を塞がないで。

私にはもう、今しかないの。

 

17の制服は、強化ガラスの水槽だ。

魚のように。金魚のように。

私は飼われる。私は育てられる。

人魚のように。見世物のように。

私は飼われる。私は育てられる。

 

汚い水で溺れそうなの。

誰でも良いから連れ出して。

生きていけなくなってもいいから、

この水槽を壊してよ!

 

当てにならない分類で、私の時間を止めないで。

私は、あの子と同じじゃないの。

聞き飽きた一般論で、私の未来を奪わないで。

私にはもう、今しかないの。

 

 

17の制服は、強化ガラスの水槽だ。

 

誰でもいいから、連れ出して。

 

 

 

以下、作品解説等。

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『灰空と怪物』

灰色の空を見たことはあるか

 

ビルに囲まれたこの街では

夕暮れと夜の狭間

一瞬だけ 空が鼓動を止めるのだ

夕焼けの赤を手放し

夜空の青を拒んで

雲ひとつすら纏うことなく

その空は 色を無くすのだ

 

それは 下手な滅びよりもよっぽど

世界が終わるような空で

誰も気付かないまま

誰にも気付かれないまま

僕は 僕だけは

その灰色と そっと世界から零れ落ちる

 

 

今日も 人を食い潰して生きた

駅前をふらつきながら歩く老婆を

自転車で転び泣く少年を

残業終わりに電話をくれる父を

全てを赦し 笑ってくれる貴女を

僕は食べた 食い潰した

 

まるで 絵本に出てくる怪物みたい

人を食べる 醜い怪物

 

 

午後6時の空は灰色だった

人の行き交う国道沿いで 僕だけがまた足を止めた

零れ落ちる

何かが

人間になれない僕と共に

 

 

空の話をした時

「羨ましい」と 貴女だけが言った

「いつか私も見てみたい」と

見れるものか 貴女なんかに

だって貴女は 誰よりも人間なのだから

 

絵本に出てくる怪物の末路は

退治されると相場が決まっている

どうせ空は灰色だろう

僕の亡骸は 遂に狭間に消えるのだ

 

(灰色は、怪物たちの亡骸の色か。)

 

 

午後6時の空は灰色だった

僕だけがそこで足を止めた

隣に貴女がいないことに

少しほっとしながら

今日も

そっと

息を止めて

零れ落ちた

 

 

 

以下、作品解説等。

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『風上で唄う』

図書室の隅に彼女は居た。

その日も彼女はつまらなさそうに、空を眺めていた。

 

彼女はいつも、睨むような目をしていた。

いつも1人で座っていた。

机の上には原稿用紙の束があった。

僕は、彼女のようには生きられないと思った。

 

1度だけ、彼女と話したことがある。

1度も目が合うことはなく。

大して記憶も残ってないけど、

一言だけ、消えてくれない言葉がある。

 

「私はね、風になりたいんだ」

 

だから、きっと、その日も。

彼女は風になったのだ。

世界の鎖から解き放たれて。

彼女は風になったのだ。

無限に広がる野原を駆けて。

彼女は風になったのだ。

雷と共に嵐を起こして。

彼女は風になったのだ。

そうでなきゃ全部嘘だ。

 

 

この世界は兎角生きにくい。

「知ってる?8組の宮凪さん」

「この前も誰かに怒鳴られてたよ」

「授業も出ずに図書室にいるんでしょ?」

「格好良いと思ってるのかな、気持ち悪い」

……何も知らないくせに。

言えない僕は今日もまた、

逃げるように図書室に転がり込んだ。

 

図書室の隅に彼女は居た。

その日も彼女はつまらなさそうに、空を眺めていた。

 

きっと。

彼女は風になったのだ。

世界の鎖から解き放たれて。

彼女は風になったのだ。

無限に広がる野原を駆けて。

彼女は風になったのだ。

雷と共に嵐を起こして。

彼女は風になったのだ。

そうでなきゃ全部嘘だ。

 

 

その日は、職員室で彼女を見た。

教師たちの怒号の前で静かに佇み、

いつも通り窓を見ながら、

いつもと同じ、睨むような目をしていた。

 

彼女には、何が見えているのだろう。

 

この世界は兎角生きにくい。

それでも彼女は生きていける気がした。

いつも通り社会を睨みつけながら、

息苦しくても生きていける気がした。

 

ちょっとの憧れと羨望を、くしゃくしゃにしてそっと仕舞う。

ほんの少しだけ、睨むように目を細めてみて。

そして、退屈な授業から目を逸らした。

目を逸らして、窓を見て。

 

逆さまの彼女と目が合った。

落ちる彼女と目が合った。

微笑む彼女と目が合った。

 

僕は、彼女のようには生きられないと思った。

原稿用紙に書かれた言葉を、僕は一度も読んだことがない。

いつも、独りで座っていた。

彼女にはいつも、何が見えていたのだろう?

 

「私はね、風になりたいんだ」

 

だから。

彼女は風になったのだ。

世界の鎖から解き放たれて。

彼女は風になったのだ。

無限に広がる野原を駆けて。

彼女は風になったのだ。

雷と共に嵐を起こして。

彼女は風になったのだ。

そうでなきゃ全部嘘だ。

 

図書室の隅に彼女は居た。

その日、彼女は*しそうに、窓際のカーテンと戯れていた。

 

 

 

以下、作品解説等。

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『CQ』

ハロー、CQ CQ

こちら世界線7E0(セブン エコー ゼロ)。

聞こえますか?

 

そちらの世界の私は、今何をしているのでしょうか。

この声が聞こえているのなら、少なくとももう「大人」なのでしょう。

それだけで私には十分です。

 

こちらの世界は相変わらず流れが早く、

街の呼吸に追いつけないまま、

私は1人で溺れています。

二十歳になれば大人になれると思ってたけど、

そんなに簡単な話でもないのですね。

どれだけ足掻いても子供のまま。

本当に自分が嫌になります。

 

皆はなんであんなに早く泳げるのでしょうか。

気づけば周りはみんな大人になっていました。

就職して、結婚して、自分で道を切り開いています。

寂しくないのでしょうか。

自分の道は、自分1人で歩むものです。

誰もついてきてくれないのに。誰も頼ることはできないのに。

 

私も、皆のようになりたいです。

不器用で怖がりで、足を踏み出すことすらできない私だけど。

誰の真似もできない、何者にもなれない私だけど。

 

もしこの声が聞こえているのなら、

お返事ください。

どこかにいるあなたから、

どこにも行けない私のために。

 

 

ハロー、7E0。

こちら世界線7EB(セブン エコー ブラボー)

聞こえますか?

 

通信、受け取りました。

 

こちらの世界のあなたは、

教師になって毎日学校に缶詰になっています。

「数学が嫌いになる!」とか

「残業やだ!!」なんて言いながら、

毎日苦しそうに。

でも同じくらい楽しそうです。

 

 

いいですか。

あなたは、あなたにしかなれないのです。

誰かから大切なものをもらうことはできるでしょう。

交換することはできるでしょう。

でも誰かになることはできないのです。

私たちは最初から、誰かになれる力も、資格も、

持ち合わせてはいないのです。

 

だから、あなたはあなたにならなければなりません。

やりたいこと。行きたい場所。

言いたいこと。なりたいもの。

それを、丁寧に積み上げて。

それが、あなたになっていくのです。

私たちは、何者にもなれないのだから。

 

最初は、誰だって溺れるものです。

街の呼吸に急かされて、時間の濁流に流されて。

だから、落ち着いて胸に手を当てて。

自分の鼓動を確かめて。

あなたが貰ってきたものが。

この瞬間共にいてくれる人が。

あなたが自分の意志で進む街が。

あなたを、掬い上げてくれます。

 

悩みながら、溺れながら、戦い続けるのです。

あなたが、なりたいあなたになるために。

 

 

ハロー、わたし。

あなたの切り開く未来が、

素敵なものであることを願っています。

 

 

 

以下、作品解説等。

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