こよみのアトリエ

詩とか日記とか何かの感想とか。自分のことかいいことしか言いません。

『Andante』

始まりは。

そう、始まりは確か夢の中だった。

セーラー服に二つ結びの髪。

それは高校生の私だった。

 

昔の私が問いかけた。

「私が死んでも、私の事、覚えててくれる?」

私は言った。保証はできないと。ずっと昔を考えられる程、私は器用じゃないから。

彼女は続ける。「じゃあ、いつもは忘れてていいから、たまに私の事思い出してくれる?」

それも断言できない。思い出すことすらも、いつか忘れてしまいそうだから。

 

「じゃあ」

「私が幽霊になって出てきても、笑ってお話してほしいな」

 

……まあ、それくらいなら。

そう言って、私は約束した。

 

そしたらわたしはくしゃくしゃになって笑って、塵になって、消えていった。

 

それから。

それから、幽霊になった彼女は、私の前に何度も現れた。

 

 

例えばそれは、1年の春。

入学式が終わってへとへとになった私の前に。

だから私たちはお話した。

新しい生活のこと。

とても広い講堂のこと。

よく分からない時間割のこと。

とても綺麗な、桜並木のこと。

約束通り、笑って、私たちはお話した。

別に守る義理はないけれど、

破る理由もなかったから。

彼女はしばらくけらけら笑って、

満足気な顔でどこかへ消えた。

 

 

例えばそれは、2年の夏。

授業に部活にバイトに打ちのめされた私の前に。

だから私たちはお話した。

難しい授業のこと。

慣れない役者のこと。

覚えきれない仕事のこと。

自信が持てない自分のこと。

約束通り、笑って、私たちはお話した。

どうしようもなく苦しいけれど、

約束したことだから。

彼女は珍しく真面目な顔で、

でも、最後は私に微笑んで、どこかへ消えた。

 

 

例えばそれは、3年の秋。

卒業したら上京すると決めた私の前に。

だから私たちはお話した。

憧れの世界のこと。

この街の息苦しさのこと。

背中を押してくれた人のこと。

本当は、ちょっと怖いこと。

約束通り、笑って、私たちはお話した。

笑っていないと、思いが溢れて

泣きそうになっちゃうから。

彼女はいつも通りの笑顔で、

最後に私の背中を叩いて消えていった。

 

 

それは、4年の冬。

上京の準備をする私の前に。

だから私たちはお話した。

新しい生活のこと。

未だに別れが怖いということ。

それでも前に進まなきゃいけないこと。

ずっと傍にいてくれたあなたに、心から感謝していること。

約束通り、笑って、私たちはお話した。

それが私たちの始まりで、

私たちの全てだったから。

彼女は涙でぐしゃぐしゃになって、

でも最後はいつもみたいに笑って、

ぐしゃぐしゃな笑顔のまま、

私の背中を押して、いなくなった。

 

 

今私は、未来の私の前にいる。

東京で新たな人生を歩む私。

いままで知らなかった、新しい世界を知ることになる私。

 

だから私は約束をした。

きっとそれは、私たちが繋げてきた約束。

 

「ねえ」

「私が死んで幽霊になっても、笑ってお話してくれる?」

 

 

 

以下、作品解説等。

 

福岡ポエトリー 12月回 発表作品

 

 

「わたしたち」の話です。

或いは、祝福の話です。

 

誰かから忘れ去られた時、人は死ぬんだろうなと思います。

私たちは誰か(自分自身を含む)の意識や記憶の中にこそ生きていて、

ただ肉体と精神が存在しているだけでは、生きているとはいえないのではないかと思います。

 

これは自分自身についても同じことが言えて。

昔の私は緩やかに弱っていって、

今日の私が完全に忘れてしまった時、昔の私は死ぬんだろうなって。

そう思ってしまうのです。

 

今日も誰にも気付かれないまま、いつかの私が死んでいます。

今日も何にも気づかないまま、私は私を殺しています。

 

そして今日を生きる私も、いつかは同じように死ぬのです。

私がそうしたように、未来の私に殺されて。

それが怖いと怯えた時期もありますが、

今は、そういうものだと納得しています。

そうしなければ、今日の私が押しつぶされてしまうから。

その日は、その日の私のものなのです。

過去や未来の私が邪魔をするのはよくないでしょう。

 

きっと人生は、リレーのようなものなのだと思います。

過去の私から受け取ったバトンを持って、

今日を全力で駆け抜けて、

未来の私へバトンを渡していく。

 

だから、今日この日は私の意志で走り抜けるけれど。

それと同時に、

過去の私が顔を出した時、ありがとうって笑顔で言える私でありたいのです。

未来の私が挫けそうな時、頑張れって背中を押せるような私でありたいのです。

 

そんなことを思いながら、今回の原稿は書きました。

だからこれは祝福の話なのです。

日々を駆け抜ける、全ての私への祝福の話。

昔のこと、未来のことに悩みながら、

それでも命を燃やして駆けるあなたへの祝福の話。

 

たくさんの自分に、

そしてそんな自分たちが関わってきたたくさんの人々に支えられて、

私は今日も幸せだって、そう笑えたら、素敵ですね。