『風上で唄う』
図書室の隅に彼女は居た。
その日も彼女はつまらなさそうに、空を眺めていた。
彼女はいつも、睨むような目をしていた。
いつも1人で座っていた。
机の上には原稿用紙の束があった。
僕は、彼女のようには生きられないと思った。
1度だけ、彼女と話したことがある。
1度も目が合うことはなく。
大して記憶も残ってないけど、
一言だけ、消えてくれない言葉がある。
「私はね、風になりたいんだ」
だから、きっと、その日も。
彼女は風になったのだ。
世界の鎖から解き放たれて。
彼女は風になったのだ。
無限に広がる野原を駆けて。
彼女は風になったのだ。
雷と共に嵐を起こして。
彼女は風になったのだ。
そうでなきゃ全部嘘だ。
この世界は兎角生きにくい。
「知ってる?8組の宮凪さん」
「この前も誰かに怒鳴られてたよ」
「授業も出ずに図書室にいるんでしょ?」
「格好良いと思ってるのかな、気持ち悪い」
……何も知らないくせに。
言えない僕は今日もまた、
逃げるように図書室に転がり込んだ。
図書室の隅に彼女は居た。
その日も彼女はつまらなさそうに、空を眺めていた。
きっと。
彼女は風になったのだ。
世界の鎖から解き放たれて。
彼女は風になったのだ。
無限に広がる野原を駆けて。
彼女は風になったのだ。
雷と共に嵐を起こして。
彼女は風になったのだ。
そうでなきゃ全部嘘だ。
その日は、職員室で彼女を見た。
教師たちの怒号の前で静かに佇み、
いつも通り窓を見ながら、
いつもと同じ、睨むような目をしていた。
彼女には、何が見えているのだろう。
この世界は兎角生きにくい。
それでも彼女は生きていける気がした。
いつも通り社会を睨みつけながら、
息苦しくても生きていける気がした。
ちょっとの憧れと羨望を、くしゃくしゃにしてそっと仕舞う。
ほんの少しだけ、睨むように目を細めてみて。
そして、退屈な授業から目を逸らした。
目を逸らして、窓を見て。
逆さまの彼女と目が合った。
落ちる彼女と目が合った。
微笑む彼女と目が合った。
僕は、彼女のようには生きられないと思った。
原稿用紙に書かれた言葉を、僕は一度も読んだことがない。
いつも、独りで座っていた。
彼女にはいつも、何が見えていたのだろう?
「私はね、風になりたいんだ」
だから。
彼女は風になったのだ。
世界の鎖から解き放たれて。
彼女は風になったのだ。
無限に広がる野原を駆けて。
彼女は風になったのだ。
雷と共に嵐を起こして。
彼女は風になったのだ。
そうでなきゃ全部嘘だ。
図書室の隅に彼女は居た。
その日、彼女は*しそうに、窓際のカーテンと戯れていた。
以下、作品解説等。
福岡ポエトリー 9月回 発表作品
風になった少女の話です。
ありがちな話、でもいいです。
PSJが終わって初めて書いた詩です。
大会が終わった時、「風」というワードがずっと胸に残っていて、
そこに引っかかる糸を手繰り寄せながら書いた詩がこちらになります。
最初はもう少し明るい詩になるはずだったのですが……。
どうしてこうなったのでしょう……?
さて、作品解説に移りたいところですが……
正直な話、この作品についてはあまり多くを語りたくない、という気持ちが強いです。
理由は2つ。
1つは、この作品に関するいろんな人の解釈を聞いてみたいから。
そしてもう1つは、私自身が、この作品のことをうまく理解していないからです。
話そうとするとボロが出ちゃうんですよね。自分の作品なのに。
「自分で書いたのによく分からない」というのは自分でもかなり衝撃的で、
なんでこの作品ができたのだろうと、必死に頭を回しています。
仮説ならいくつかあるのですが……
なので分からないなりに、初稿からいくつかぼかしたところがあります。
最後の『*しそうに』は、その最たるものです。
読み直しているうちに分からなくなったんですよね……
彼女が「楽しそう」だったのか「寂しそう」だったのか、
あるいはそのどちらでもなかったのか。
悩んだ結果、下手に決めつけるのは良くないなって結論に至り、
このような形に落ち着きました。
普段はあまりやりたくない手法なんですけどね。こればっかりは仕方ないと思っています。
(ちなみに9月の福岡ポエトリーでは「楽しそうに」で読みました。
その場の私がそのように解釈したからです)
この物語には、「僕」と「彼女」が出てきます。
多くを語られながら掴みどころのない「彼女」と、
ほとんど語られることのない「僕」。
彼らは何を考え生きているのでしょうか。
あなたの心と頭に考えがあるなら、いつか教えていただければ嬉しいです。
以上。
私にとっても、風みたいにふわふわした作品の話でした。